子供が1歳のときにモラハラDV夫と離婚し、現在は息子と2人、幸せなシングルマザーライフを送る。
「強くてかっこいい母親」を目指す一方、ストレスを子供にぶつけてしまうこともあり、日々反省。理想の母親になるべく、自分磨きに取り組む★
「モラハラ」「DV」これらの言葉にピンとくる人はどれくらいいるのでしょうか?
付き合っている時は「この人となら幸せな家庭を築けそう」と思っていても、結婚・出産というライフスタイルの変化を経験するなかで、相手の本性があらわになったり、性格が変わったりということは大いにあります。
今回は、「私がDVの被害者になるはずなんてない」とのん気に考えていたシングルマザーの体験談をご紹介します。
私はあまり結婚願望がないほうでした。仕事も大好きだったので、彼氏がいない生活に特に不安や焦りもなかったのです。しかし、彼との出会いで人生が大きく変わりました。
彼は仕事の取引先の方でした。私より12歳年上ということもあり、最初は「取引先のオジサン」くらいにしか思っていませんでした。しかし、仕事で何度かやり取りをしていた時、突然「こんど2人で飲みに行かない?」とお誘いが。取引先ということで断るわけにもいかず行くことになりました。初めてのデートは職場近くのカジュアルイタリアンでした。最初は仕事の話が中心でしたが、お酒が進むにつれてプライベートの話も出てきました。ほろ酔いの彼は「今は彼女がいないけど、年齢も年齢なのでそろそろ結婚したい」「結婚するなら仕事をバリバリしていて、生き生きしている女性がいいな」と結婚感を語り始めたのです。当時結婚願望のなかった私ですが、彼と交わす会話が楽しかったこと、彼の語る結婚感に誠実さを感じたことなどから、「こういう人とだったら結婚してもいいかも…」と思いました。
その日以降も何度かデートの誘いを受け、私たちは自然と交際することになりました
私より12歳年上ということもあり、彼はとても頼りになる人でした。デートの時はいつもリードしてくれ、デート代も彼持ち、大人な付き合いに私もすっかり彼を結婚相手として意識するようになっていました。
でも今思えば、モラハラ男の兆候が見える出来事がいくつかあったのです。
彼はとても束縛の強い人でした。私がデート中に少しでも携帯電話を見ようものなら、「誰から?」「男の人?」などと質問します。デートに誘われた時、「その日は予定があって」と言うと、「何の予定か?」「誰と会うのか?」「何時に帰ってくるのか?」と詳細を把握したがる人でした。しかし当時の私は、こういった彼の言動を愛情の証だと勘違いしていたのです。
彼は私以外の人に対する態度がとても大きい人でした。例えば、レストランで食事をした時、店員さんが注文したメニューと違う品を持ってきたことがあったのですが、彼は激しく怒り「店長を呼んでこい」と要求したのです。「メニューを間違えたくらい良いじゃん。新しいもの持ってきてもらえれば済む話なのに…」と内心思っていた私ですが、ひどく興奮した彼に何も言うことができなかったのを覚えています。
このような出来事に違和感を覚えることもあった付き合いでしたが、基本は紳士的で優しい彼のことが大好きでした。そして、約1年の交際を経て、私たちは結婚することになりました。
結婚を決めてすぐに私の妊娠が発覚しました。彼もとても喜び、幸せ度はMAXに達していたと思います。そんな私たちの関係にヒビが入り始めたのは、私の悪阻(つわり)が原因でした。
私は悪阻が重く、食べ物は一切口にできなくなっていました。水分をとってもすぐに吐いてしまうような状態だったため、身体を動かすことも、楽しく会話することもできなくなっていました。家事もろくにせず一日中横になっている私との生活に嫌気がさしたのか、彼は次のような言葉を投げかけるようになりました。
「世の中の妊婦は家のこともしながら仕事をしているんだぞ」
「お前のはただの怠けだ」
「頑張って仕事をしている主人のために食事も準備できないなんて…」
こうしてケンカの絶えない生活が続き、悪阻のつらさと彼との生活のつらさから私は3週間で体重が7kgも落ちてしまいました。
そんなある日、彼から初めて身体的な暴力を受けます。
きっかけは些細なことでした。いつもは夜9時までには帰宅する彼が、夜11時になっても帰ってこなかったのです。私は彼に「今日は何時に帰ってくるの?」「遅くなるなら連絡くらいしてよ」とメールを送り、先に就寝しました。
その後、日付が変わった12時過ぎに彼は帰宅したのですが、帰ってくるなり鞄を床に叩きつけ、ものすごい剣幕で怒鳴りました。
「俺は仕事で疲れているんだ。仕事の帰りくらい飲みに行ったっていいだろう。なぜ寝てばかりいるお前に指図されなければいけないのか。」
そして興奮状態の彼は、私に平手打ちをし、押し倒したのです。部屋は彼が投げた物や倒した家具などで悲惨な状態になっていました。恐怖のあまり家を飛び出した私はその日、一晩、24時間営業のファミリーレストランで過ごすことになります。妊娠中の身体で。
ちなみに私は彼の行動を制限したことは一度もありませんでした。毎日のように飲みに行くことも、休みの日にパチンコに行くことも、「仕事で疲れているから」「ストレス発散になるなら」という思いから黙認していたのです。
ファミリーレストランで朝を迎えた私のもとに彼からメールが届きます。
「戻ってこい」
暴力を振るった奴の第一声がそれ!?と思うでしょうが、もう当時の私は洗脳状態。「早く戻らないと…」という気持ちで自宅に帰ります。私の姿を見ると彼はようやく謝りました。
「昨日はすまなかった。酔っていたんだ。それにお前のことを愛しているからこそ、強く言ってしまったんだ。もう二度とあんなことはしないから許してくれ。」
初めて見る彼の土下座姿と「愛している」という言葉を信じた私は彼との生活に戻ることになります。
「もう二度としない」という言葉の通り、その後は割と穏やかな生活を送っていました。大きくなった私のお腹を気遣ったり、生まれてくる自分の子供のことを嬉しそうに話す姿から、父親らしさも感じていました。
しかしそんな生活は長くは続きませんでした。出産により大きく変わった生活に再び彼のストレスが溜まり始めます。
生まれてきた子供はとても良く泣く子供でした。抱っこが大好きで、私と離れるとすぐに泣いて母親を求めます。夜、寝ている時も30分に1回は泣いて起きるような生活だったため、私は睡眠不足から家事の一部を彼にお願いするようになっていました。しかしそんな状態を良く思っていなかった彼は、
「家事はお前の仕事だろ」
「育児も家事もろくにできないなんて…本当にお前は役立たずだな」
「他のママたちを見習え」
と言葉を浴びせます。
それ以降、何か衝突がある度に、
「お前より俺は12歳も年上なんだぞ」
「お前を食わしてやっているのは俺だ」
「文句があるなら俺より稼いでから言え」
と私が言い返せないような条件を突きつけて、私をねじ伏せるようになっていました。
その他にも、友達と会うことを禁止されていたり、実家の親を頼ることを禁止されていた私は彼との生活に絶えられなくなり、当時まだ生後半年だった息子を連れて家を飛び出し、実家に戻りました。
交際期間中、妊娠期間中、出産後の彼の言動を振り返り、「もう彼とやり直すことはできない」「彼と一緒にいれば私は私が嫌いになる」と思った私は、彼との離婚を決意します。
しかし、離婚協議はスムーズには進みません。それまで休日にはパチンコに行きろくに育児もせず、オムツ交換もしたことがなかった彼が、親権を要求してきたのです。ですが私には彼の目的はわかっていました。それは、「親権を要求すれば、私は離婚請求を取り下げるだろう」と思っていたということです。その後も彼は、「俺の方が経済的に有利だから、親権は絶対に俺が取れるぞ」「親権が取れないかもしれないというのに離婚の意思を変えないなんて、それでも母親か。子供が可愛くないのか?」など、脅しのようなメールを送りつけてきましたが、私は親権がとれるという自信がありました。それは以下のような条件からです。
・子供の年齢が0歳
・彼の結婚生活中の育児参加状況
・彼の生活態度(酒、タバコ、ギャンブル)
・彼のモラハラ、DV実績
・私は正社員の仕事に就いている(当時は育休中)
・私の実家の両親が育児に協力的
こういったあらゆる側面から親権はとれると確信し、離婚を決意しました。
親権がとれるという確信はありましたが、離婚協議はスムーズには進みませんでした。そして何よりも私が、彼と2人だけで話し合いをすることを恐れていたため、調停離婚に踏み切りました。安全が確保された場所で、第三者の公正な目線で決着をつけたかったからです。
調停離婚は長い人だと1年以上かかったり、調停ではまとまらずに裁判まで持ち越す人もいるようですが、私の場合は約半年という期間で意外とあっさりとまとまりました。
彼はプライドが高く世間体を気にする人だったため、調停を長引かせたくなかったという気持ちがあったのかもしれません。また、実際には自分が親権をもって子供を育てていくということは現実的ではないとわかっていたというのもあるかもしれません。
いずれにせよ、彼の性格やこれまでの言動を考え、調停離婚という手段をとったことは正解だったと思います。
調停離婚のメリットは第三者機関が入って話を進めてくれることだけではありません。調停離婚では、離婚の解決だけでなく、親権者、養育費、面会交流などについての取決めもできます。そして取決めた内容を調停調書という法的執行力を要する書類に記すため、のちのちのトラブルを防ぐことができるのです。
私の場合は、以下のような取決めをしました。
・親権者:母親である私
・養育費:毎月3万円を毎月10日までに指定の銀行口座へ振り込む
・面会交流:月1回、母子が生活する県内で、母親の両親同席のもと行う
特に決めておいて良かったと思うのは養育費についてです。『平成28年度 全国ひとり親世帯等調査結果報告』によると、養育費を受給しているシングルマザーは全体の約24%しかいないそうです。取決め率は約43%という数値からも、夫婦間の話し合いで取決めはしたものの、支払っていない男性が多いということではないでしょうか。
それに比べて、私は調停調書に養育費の取決め事項を記していますので、万が一、彼が養育費を支払わないという事態が発生しても給与を差し押さえることができます。そして、プライドが高く世間体を気にする彼は、そういった事態を恐れるであろうこともわかっています。
ちなみに、「元旦那には二度と会いたくないから、養育費もいらないし、面会交流もしたくない」というママがいますが、私はその選択はしませんでした。なぜなら、養育費も面会交流も私の権利であり、子供の権利でもあるからです。毎月定期的に入ってくる養育費は確実に生活の足しになりますし、面会交流も実施することで父親としての自覚を彼には持ってほしいと思いました。また、子供が大きくなった時に母親と父親両方からの愛情を受けて生まれてきたということを知ってほしいと思っています。
ただし、状況は人によってさまざまです。もっとひどいDVを恒常的に受けていたり、子供にも直接暴力をしていたような実績がある場合は面会交流を拒否することもできます。非常に難しい問題でもあるため、自分たちだけで解決しようとせず、第三者に入ってもらうのが良いでしょう。
子供が1歳の時に離婚が成立し、それから5年が経ちました。シングルマザーとしての生活は決して裕福なものではありません。しかし、元旦那からのモラハラやDVに怯え、生活していた時のことを考えると、精神的にはとても豊かな暮らしをおくることができています。
また、私が子供に向けられる愛情も変わったと思います。当時は彼からのDVと慣れない育児にノイローゼ気味だった私は、子育てを楽しむ余裕はありませんでした。泣き止まない子供を見て、「子育てなんて楽しくない」とさえ思ってしまうこともあったのです。
それが今は、息子と2人、安全で穏やかな暮らしができていることにとても感謝しています。苦労はしながらも、すくすくと育ってくれている息子にたくさんの愛情を注げています。
もしあの時、家を飛び出していなかったら…彼との離婚を決意できていなかったら…と思うと恐ろしくてなりません。
「DV」というと、実際に手をあげられるなどの身体的暴力をイメージする人が多いでしょうか?でも、DVって身体的な暴力だけではありません。
◯身体的暴力
殴る、蹴る、物を投げつけるなど
◯心理的暴力
大声で怒鳴る、罵るなど
◯性的暴力
性行為を強要する、避妊に協力しないなど
◯経済的暴力
生活費を渡さない、働かせないなど
◯社会的暴力
友人に会わせない、行動を極端に制限するなど
このように直接的に身体に危害を加える暴力だけでなく、目に見えない暴力もたくさん存在しています。また心理的に与える影響は長い時間をかけておこなわれる分、暴力を受けている本人が気づいていなかったり、ケアに時間を要することも多いのです。「うちの家庭は普通じゃないかも?」と思ったら、すぐに友人や家族、専門機関に相談してみてください。
いかがでしたか?今回ご紹介したモラハラDV男、共感できるポイントはありましたか?
モラハラやDVという行為は育ってきた環境や精神的な部分からくることが多く、なかなか治るものではありません。だからといって、家族関係を再構築している夫婦もたくさんいるため、「絶対に離婚したほうが良い」とすすめるわけではありませんが、今自分が置かれている状況を見つめ直し、それがどの程度危険なことなのかを知る機会になったかと思います。
子持ちで離婚をし、シングルマザーとして生きる選択は決して簡単にできるものではありませんが、夫婦にとって、子供にとって幸せな道を考えることができれば、自ずと選択肢は決まってくるのではないかと思います。